タンザニア支援活動2018 ⑤

タンザニア医療支援活動 Part 5

AM7:30 宿を出てムヒンビリ大学病院に向かいました。初めに前日手術をした患者さんの診察を行いました。手術翌日から視力は改善し、患者さんにも非常に喜んでいただきました。
2日目の白内障手術では、予定外のハプニングもありました


術後の患者さんと小嶋先生


ちょっと変わった視力検査表

行燈のような形をした視力表。回転させるとランドルト環(日本で一般的なC型の視標)の他に、サイコロの目のような見慣れない視力標もありました。

前日に壊れた超音波測定装置の代替機が、ムヒンビリ大学病院Academic Medical Centerから届き安堵しました。

しかし、使ったことのない機種であり使用方法が分からなかったため、初めは苦戦しました。

しかし、視能訓練士の吉川静香さん方のおかげで何とか検査できるようになりました。

2日目の白内障手術では、予定外のハプニングもありました。

手術を予定されていないのに日本チームの噂を聞きつけて来院し、これ以上の受け入れはなかなか難しいことを説明し帰っていただいた方がいたり、現地ドクターが手術候補リストに挙げたものの予定時間がオーバーになり手術を受けられなかった方々と現地ドクターがもめたりする一幕もありました。

この日の手術には現地メディアの取材が入り、ちょうど浅見が手術をしているところを撮影していただきました。現地のタンザニアで報道されたニュース番組のリンクを以下に載せますので、ご興味があればこちらの動画をご覧ください。

いつの頃からか、タンザニア眼科医療支援チームのお守りとして法然上人(として扱っている)置物に活動に同行していただいております。

浄土宗の高校出身の山﨑俊先生が「活動の安全祈願のお守り」として用意されたものですが、今では活動メンバーの精神的支えとなり、本活動に無くてはならない存在となっています。


手術中の小嶋先生と手術を見守る法然上人像(手前の置物)

2日目になると現地の眼科医師やレジデントともだいぶ打ち解けてきました。

「どうしたら超音波白内障手術ができるようになるのか」と熱心に聞かれたり、「このままもっと長期に滞在して教えて欲しい」、と頼まれたりしましたが、現実的な問題としてなかなか叶えてあげることができないもどかしさがありました。

私が手首につけていた蚊除けのバンドに興味を示し、マラリア予防であると説明すると、「マラリアが怖いの?」と笑われてしまいました。

ここタンザニアではマラリアは非常に身近な存在で、誰でも体内にマラリア原虫が潜伏しており、その活動性が高まり熱発すると学校や仕事を休んで、熱が治まったら普段の生活に戻るという、日本での風邪にかかった程度の認識くらいしかないようです。

「いっそのこと、タンザニアにいるマラリアの半分くらいを日本に持って帰ってよ!」と頼まれましたが。




現地ドクターやレジデントと。写真撮影の際のピースサインはタンザニアでも同じのようです。


手術終了後のタンザニアー日本合同チーム


オペが終わった後は、在タンザニア日本大使の吉田雅治氏に、夕食会に招いていただき、在タンザニア日本大使公邸にお邪魔させていただきました。

大使館側の出席者は、吉田雅治大使(写真前列左手)のほか、小杉隆史医務官(後列左端)、藤原稔久三等書記官(後列右から3人目)、今さん(JICA草の根技術協力事業、前列左から2人目)でした。

吉田大使は、これまでフィリピンや中国広州、米国シカゴなどの諸外国に赴任され、2015年4月から現在の駐タンザニア日本大使として着任されました。

また、小杉医務官は、十数年前まで静岡済生会病院の救急科で働き、その後外務省に入省し、世界各国の医務官として働いていらっしゃるそうです。

「タンザニア国内のインフラがこの数年で劇的に改善してきていて、数年前までは日に何回も停電していたものの、最近は停電回数もかなり減り、インフラが整ってきていることを実感している」、というお話でした。

しかし、そのお話のそばから、大使公邸が一瞬停電になり、予備電源で回復するということがありました。

実際に山﨑先生の話によると、本活動の第1回から5回くらいまでは手術中にも1-2回数分程度の停電があったそうです。

しかし、最近はほとんど停電がなくなりました。水力発電所の設備が充実してきたことが功を奏しているそうです。

また、吉田大使はアフリカでの中国人の活躍ぶりについて、「中国の人口は日本の10倍であるので日本の10倍優秀な人材がいる。アフリカでの中国人の活躍ぶりには目を見張るものがある。最近の世界における中国の躍進の縮図がアフリカで見てとれる。

日本人もうかうかしていると置いていかれてしまう。」というような趣旨のお話もされ、なるほど、アフリカでの中国人の存在感はそれほどのものかと感じさせられました。

タンザニアの医療事情についてのお話もありました。「眼科はもちろんのこと、救急医療の遅れがある。病棟看護師は患者に急変があっても連絡をすると怒られるからという理由で医師を呼ばない。そのため安心して現地の医療機関を受診できない。」というお話でした。

大使には専属料理人がいるそうで、その料理人が腕を振るった料理を期待していましたが、あいにく不在でした。



結局、ギリシャ人シェフのケイタリングでしたがどれも美味しく、舌鼓を打ちながら、吉田大使や小杉医務官の貴重なお話も相まって、あっという間の2時間でした。


中庭には素敵な日本庭園がしつらえてありました。敷き詰めてある白い砂利はタンザニア産


調度品は日本を感じさせる品ばかり